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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1775号 判決

原告 諸沢こと金福述 外一名

被告 皆川勇 外二名

主文

一  原告金に対し被告曾我部、同和田は各自金七五万円、被告皆川は金七〇万円および各右金員に対する昭和四五年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告金福述のその余の請求を棄却する。

三  被告らは原告諸千寿に対し各自金二五万円およびこれに対する昭和四五年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告諸千寿のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを三分しその二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

六  この判決は第一、第三項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告らは原告金福述に対し各自金一九三万四、二〇〇円および内金一六八万四、二〇〇円に対する昭和四五年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告諸千寿に対し各自金一一五万円および内金九〇万円に対する昭和四五年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言。

(請求の趣旨に対する被告らの答弁)

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告金福述(以下「原告金」という)は、別紙目録一記載の建物(そのうち2記載の建物を以下「本件建物」という)を所有し、原告諸千寿(以下「原告諸」という)とともに本件建物に居住し且つ共同して焼肉等の飲食業(商号「金竜閣」)を営むものである。

被告皆川勇(以下「被告皆川」という)は原告らの東隣において別紙目録二の1記載の土地(以下「本件土地」という)上にあつた同目録二の2記載の建物(以下「旧建物」という)を使用して謄写印刷業を営んでいたものである。

二  被告皆川は、昭和四四年七月中旬頃、被告曾我部幸雄(以下「被告曾我部」という)および被告和田富治(以下「被告和田」という)との間で前記旧建物を取り毀ちその後に同地上に鉄骨および鉄筋コンクリート造四階建のビルデイング(以下「新ビル」という)を建築するという内容の請負契約を締結した(以下「本件請負契約」という)。

三(一)  原告らが居住する地域は人家の密集する繁華な市街地である。被告皆川は、原告ら居住の本件建物に密着していた旧建物を取り毀ちかつ鉄筋コンクリート造四階建の新ビルを建築すべく前項の請負契約を締結したのであるが、このように隣家と密着する建物を取り毀ちその跡地に右新ビルのような規模、構造の建物を建築する場合には右取り毀ち工事および建築工事(以下これらを「本件工事」という)による震動等によつて隣接建物(本件建物)を毀損することのあり得べきこと、および本件工事による騒音、震動瓦礫の搬出、資材の搬入、人夫、自動車の出入りにより原告ら隣家住民の平穏な生活を妨害し、ことに隣家住人たる原告らが飲食業を営む場合においては、その営業を妨害する結果を生ぜしめることは明らかである。したがつて、被告皆川は新ビルの如き構造の建物を建築すべきでなく、しかもかかる事情を認識し、又は容易に認識しえたにもかかわらず(予備的にかかる結果の発生を防止するため必要な万全の措置を講ずべきことを指図すべきであるにもかかわらずこれを怠り)これを怠りあえて本件工事を注文、指図した。

(二)  原告らは本件請負契約に基き被告曾我部、同和田らがなした本件工事のため後記五記載の損害を被つた。

四  被告曾我部、同和田は本件工事請負人として、ことに前項記載のような本件土地の場所的状況に鑑み、本件工事過程において原告らに対し損害を与えることのないように本件工事を施工すべき注意義務があるにもかかわらず、同被告らはこれを怠り、旧建物の粗雑で荒々しい取り毀ちと新ビルの建築、すなわち旧建物の急激で無理な破壊、ブルドーザーによる荒つぽい土堀りと瓦礫の搬出、杭打ち、コンクリート処理等の一連の工事を施工し、為めに原告らに対し後記五記載のような損害を与えた。

五(一)  原告金は、本件工事のため本件建物につき次のような損害を被つた。

1 東側の外面壁部は一階から三階に至るまで全面にわたつて著しく破損されるとともにコンクリートの飛沫により汚損され、右飛沫は窓にも及んでこれを汚し、壁部の破損箇所からは雨漏りがする。

2 東側壁部の損壊は内部にも及ぶ本件建物の東南方向に位置する調理場の壁ならびにタイルの破損、亀裂、食器の落下による破損、天井の損傷、居間の壁の損傷、便所のタイルの破損が生じた。

3 本件建物の北東方向に位置する寝室の壁が損傷し、かつブルドーザーにより、床下の柱が折られて床が落ち、天井板が外れた。

4 下水道の損壊および震動による衝撃のため排水に支障が生じ、台所、便所から汚物、汚水があふれる。

5 本件建物の屋根の上に無断で足場を組み、建築、塗装工事をしたため本件建物の屋根が毀損、汚損された。

6 以上のような本件建物については、本件建物の隣接部等の修復費として金五七万七、七〇〇円、屋根の修復費として金二〇万六、五〇〇円を要し、右金額の合計金七八万四、二〇〇円相当の損害を被つたものである。

(二)  原告らは本件工事のため次のような営業上の損害を被つた。

1 原告らは前記一記載の「金竜閣」の営業により昭和四三年八月一日から同年一二月三一日までの間に別紙目録(1) 記載のとおりの利益をあげ、一か月平均約金三〇万円の収入を得ていた。

2 ところが本件工事の期間中は雰囲気の破壊、道路通行妨害、騒音、振動、本件建物の損傷等により客足が著しく減少し、このため前記利益は激減し、昭和四四年八月一日から同年一二月三一日までの期間には別紙目録(2) 記載のとおり一か月平均約金一四万円の利益しかあげることができなかつた。

3 このように原告らの減少した収入は一か月平均約金一六万円となるところ、本件工事の期間は昭和四四年八月中頃から同四五年一月末までの五か月間であるから、原告らの被つた営業上の損害は合計金八〇万円(原告金および同諸各金四〇万円)である。

4 本件建物は早晩修復工事に着手することが必要であり、右工事期間は一か月を要し、その間前記「金竜閣」の営業を全く停止せざるを得ないから、その間原告らが営業上金三〇万円(原告金および同諸各金一五万円)の損害を被ることになる。

(三)  原告らは本件工事のため次のような精神的損害を被つた。

1 原告らは前記のように損傷された本件建物で不自由な生活を送ることを余儀なくされ、前記「金竜間」の営業も思うにまかせず、さらに騒音、振動、瓦礫、塵埃等のため快適な日常生活および営業生活を妨げられ、このため非常な精神的苦痛を受けた。この精神的損害の賠償は原告ら各自金五〇万円(一か月金一〇万円、工事期間五か月)を必要とする。

2 原告らは前記(二)4記載の修復工事期間中(一か月)前項同様の精神的損害を被ることは確実であるから右期間の慰藉料として各自金一〇万円を請求する。

六  原告らの前記五の(二)(4) 記載の営業上の損害金三〇万円(各自金一五万円)および同三の2記載の慰藉料金二〇万円(各自金一〇万円)の各債権については将来発生すべきことが確実であり、他方被告らは右各債務を争い適時に任意の履行をしないことが十分推知されるため本訴において予めその請求をして判決を得ておく必要がある。

七  以上のとおり(一)原告金の損害額は本件建物について金七八万四、二〇〇円(前記五の(一)記載)、営業上の損害金五五万円(同(二)記載)および慰藉料金六〇万円(同(三)記載)の合計金一九三万四、二〇〇円、(二)原告諸の損害額は営業上の損害金五五万円(同(二)記載)および慰藉料金六〇万円(同(三)記載)の合計金一一五万円である。

八  よつて原告らは被告皆川に対しては民法第七〇九条および第七一六条但書にもとづき、被告曾我部、同和田に対しては同法第七〇九条にもとづき前記七記載の損害賠償債権を有するところ、被告らの行為(前記二ないし四記載)は共同不法行為であるから、同法第七一九条にもとづき被告らに対し各自請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。

(請求原因に対する認否および主張)

(被告皆川)

一  請求原因一の事実は認める。その余の請求原因事実(同二ないし八)はすべて争う。

二(一)  仮に被告曾我部および同和田において原告ら主張のように工事過程において過失があつたとしても被告皆川は本件工事の遂行につき指示、指図を与えていないから民法第七一六条但書の責任はない(なお被告皆川は被告曾我野、同和田に対し、常に原告らに損害を与えないように本件工事をなすべき旨の指示(注意)を与えた。)

(二)  被告皆川が本件工事を注文したことと、原告らの損害との間には相当因果関係がないから民法第七〇九条の責任はない。

(被告曾我部、同和田)

一  請求原因一の事実は認める(但し原告らが共同して飲食業を営む点は不知)。

二  同二の事実は認める(但し被告皆川との間で原告ら主張のような本件請負契約を締結したのは被告曾我部であり、被告和田は本件工事の下請負人である。)

三  同四の事実は否認する(但し被告らが原告ら主張の旧建物を取り毀ち、新ビルの建築工事を行つたことは認める)。

四  同五の事実は不知。

五  同六ないし八の事実は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

(被告曾我部、同和田に対する請求についての判断)

一、原告金が本件建物を所有して原告諸とともに本件建物に居住しかつ共同して主張の飲食業を営んでいたこと、本件建物(の敷地)の東側に隣接する土地上に主張のような被告皆川の旧建物が存在していたことは当事者間に争いがなく(ただし右共同経営の事実は原告金福述、同諸千寿本人の各供述によりこれを認める)、成立に争いのない丙第一号証、証人川見辰男の証言、被告皆川男(昭和四八年五月一五日付および同年九月一八日付)、同曾我部幸雄(一部)、同和田富治本人の各供述によれば、被告皆川は昭和四四年七月中旬頃被告曾我部に対し本件工事、すなわち右旧建物(一部鉄骨、一部木造の二階建)を取り毀ち鉄骨および鉄筋コンクリート造四階建のビルデイング(新ビル)の建築工事を請負わせ、被告曾我部は同和田に対し本件工事(ただし鉄骨工事を除く)を下請させたことが認められる。

検甲第一号証の一ないし六、同号証の一四(いずれも附陳事実について当事者間に争いがない)、成立に争いのない乙第四号証、証人川村章三郎、同川見辰男の各証言、被告皆川勇本人(昭和四八年九月一八日付)の供述によれば本件工事現場の周辺地域は人家の密集する繁華な市街地であり、旧建物の西側には原告金所有の本件建物がほとんど接着した状態で位置していたこと、被告皆川の新ビルはその敷地である本件土地上原告ら側の土地との境界線から三センチメートル(北側の約七メートルの箇所において)、ないし三〇センチメートル(南側の約五メートルの箇所において)離れて本件土地の内側に位置し、右境界線上より約三〇センチメートル離れて位置していた原告金所有建物とほとんど接着した状態で建つていることが認められる。

二、そこで被告曾我部、同和田の本件工事実施状況をみるに前顕甲第一号証の三ないし六、同号証の七ないし一九(いずれも附陳事実について当事者間に争いがない)、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三、原告金福述、同諸千寿、被告皆川勇、同曾我部幸雄(一部)本人の各供述および検証の結果(証拠保全)によれば、本件工事は昭和四四年八月一日頃着工し全工事の完成は同年一二月末頃(毎日午前八時頃から午後五時頃まで)であるが、被告和田は同曾我部の指示、指図のもとにまず旧建物(前部は軽量鉄骨、後部は木造の二階建)の取毀工事に着工し、五人の従業員のほか人夫数人を使用し、常時ダンプカーを使用して廃材を搬出し、ブルドーザー、堀削機(ユンボ)一台を用いて旧建物の基礎の解体および新ビルの基礎工事をなし、同月一〇日頃、右取毀工事を終了したが前記工事に伴う震動およびブルドーザーによる廃材搬出の際原告金所有の本件建物の東側の壁に加えた衝撃により本件建物につき東側外面壁部(一部)の破損および土台のコンクリート階段、便所の壁、店舗部分の東側炊事場横壁のタイル、食器棚の下のタイルにひび割れが生じ、寝室の床の陥没、店舗部分の天井に雨漏りする程度の亀裂が発生したこと、被告曾我部、同和田は原告諸からその旨の苦情および善処方の申出を受けたが、後ですると称するだけで結局復旧工事をしなかつたこと、次に新ビルの基礎工事(コンクリート工事)をしたが、その際下水道の土管に右工事のコンクリートが流れ込み、このため原告らの下水道が塞り、本件建物の炊事場、水洗便所の排水に支障をきたし、原告ら側からその旨の苦情をうけたが直ちに修理をなさず、その後他に修理を依頼したものの結局復旧するに至らずその状態が約二か月継続したこと、被告曾我部のなした鉄骨組立工事および被告和田によるブロツク積立工事の際、原告らに無断で本件建物の屋根に足場を組み、またコンクリートをブロツク壁に吹き付ける作業の際、コンクリートの飛沫が本件建物の屋根、東側外面壁部、窓に及び、このため本件建物の屋根東側外面壁部、窓等を汚損、損傷したこと、以上の事実が認められ右認定に反する被告曾我部幸雄本人の供述部分は措信せず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三(一)  原告らが本件工事のため被つた損害額について判断するに、前記認定のとおり本件工事のため原告金所有の本件建物について請求原因五(一)の1ないし5記載のような損傷を被つたことが認められるが、証人宇野充展の証言により真正に成立したと認める甲第六号証(一部)および同人の証言(一部)によれば、その修復に要する総費用は修復工事材料、運搬費、屋根工事その他の諸経費を含めても合計金五〇万円で足ることが認められる。甲第六号証の一ないし三、証人宇野充展の証言によれば、本件建物の東側隣接部等の修復費および屋根の修復費用は合計金七八万円を超える金額を要する旨記載され、かつ同様に証言されているが、右記載および証言部分は、新築又は改良を基礎として算出したものをも含み、必ずしも復旧を基礎とした算定基準にのみよるものではないことが認められるのみならず、同証人の証言によれば、本件建物はかなり古い建物であり東側は荒壁の部分があつたこと(右認定に反する原告諸千寿本人の供述は措信しない)が認められることなどに照らして、本件建物が被つた損害(額)の証拠としてはたやすく採用できない。そして本件建物につき他に右認定以上の損害を認めるに足る証拠はない。

(二)  本件工事が前記認定のような本件建物に与えた加害の程度および結果、本件工事の実施態様、本件工事期間(約五か月間)などに鑑みると、本件工事が原告らの営業にも少なからぬ支障を生ぜしめそのため原告らに対し営業上の損害を被らせたことは推認するに難くない。ところで、原告らは右営業上の損害額につき請求原因五(二)記載のような合計金一一〇万円の損害を被つたと主張するが、同原告ら各本人(一部)の供述によれば原告らの営業時間は午後五時から午前一時までであり、本件工事の実施時間は前記認定のとおり午後五時頃までであるから((被告皆川勇本人の供述)(昭和四八年九月一八日)によれば、例外的に午後五時以降にも工事がなされたことがあつたが、それは鉄骨棟上工事のときなど一時的になされたものであるにすぎないことが認められる)右工事実施時間帯と牴触することはないこと、本件工事開始の頃、原告ら営業の従業員二名が退職し、その後は原告ら二名(主として原告金)で営業していたこと、本件工事(期間)終了後の営業利益についての証拠が十分ではなく(平均月金三〇万円の利益があつた旨の原告諸千寿本人の供述は俄かに措信し難い)この点が必ずしも明らかにされているとはいえないこと、原告らは本件工事終了後一年余りの昭和四六年三月頃で右営業を廃業したこと、本件建物の修復工事はなされなかつたことが認められ、これらの事情を斟酌すると必ずしも原告ら主張のような全損害(営業利益の減少額)をもつて直ちに本件工事に起因する損害であると認めることはできなく、本件工事と相当因果関係に立つ範囲の原告らの営業上の損害としてはこれを金三〇万円(原告ら各金一五万円)と認めるのが相当である。

甲第七ないし第一二号証の各一ないし一〇および原告ら主張事実にそう原告ら本人の各供述部分は前記認定事実に照らして営業上の損害の証拠としては採用できず他に前記認定以上の営業上の損害を認めるに足る証拠はない(なお修復工事期間中の営業上の損害金三〇万円の主張(請求原因五(二)の4記載)については、前記認定のとおり右修復工事が結局なされなかつた以上右損害が発生する余地はないから右主張は理由がない)。

(三)  前記認定のとおり原告らは本件工事により本件建物および営業について損害を被つたこと、原告らの再三の苦情申出にもかかわらず同被告らにおいて適切な復旧工事をなさないまま放置していたこと、本件工事は着工から完了するまで約五か月を要したこと、その他本件工事の規模および実施態様等からすれば原告らはその間本件工事により平穏な日常生活、営業生活を害され、精神的苦痛を余儀なく受けたことは推認するに難くなく、原告らの慰藉料は以上認定した諸事情などを斟酌すると金二〇万円(原告ら各金一〇万円)が相当である(なお請求原因五(三)の2記載の修復期間中の慰藉料金一〇万円の主張は前記認定のとおり修復工事はなされなかつたこと、右主張の精神的損害が仮に生ずるとしても前記認容の慰藉料により十分填補されうることなどに鑑みこれを認めるに由なく右主張は理由がない)。

(四)  以上のとおり本件工事により結局原告らが被つた損害の合計額は原告金が金七五万円、同諸が金二五万円である。

四、そこで被告曾我部、同和田の責任について判断するに前記認定した事実のもとでは、被告曾我部は本件工事の請負人として、同和田はその下請人として、被告曾我部の指揮監督のもとに本件工事を担当したこと原告らの前項記載の諸損害は本件工事に起因するものであること、前記認定のような本件工事現場の環境ことに原告金所有の本件建物と至近距離で前記認定のような堀削を伴う取毀ち工事および新ビル(重量鉄骨造四階建)建設工事を内容とする本件工事を施工するにあたつては被告曾我部、同和田において一定の量、性質の騒音、震動が発生すること、およびその付近住民たる原告らに与える影響の有無、程度を予見し、さらに工事の実施方法を含め本件建物の損傷その他原告らに及ぼす被害を可及的に防止、軽減、回避するため高度の配慮と技術とを駆使して適切な手段を講じ、ことに本件のように原告らから被害の模様を通告され善処を求められているときは工事の施行方法を再検討するとともに加害防止のため万全の措置をとり慎重な注意を払いながら作業をなすべきものであるのにこれを怠つたのであるから同被告らは原告らの該損害の発生につき損害賠償責任を免れない。

(被告皆川に対する請求についての判断)

五、次に本件工事の注文者である被告皆川に原告らの被つた前記三記載の損害についての賠償責任があるか否かについて判断する。

(一)  すでに述べたように本件工事現場付近には木造建物が存在し、しかも本件工事は、原告金所有の本件建物と接着するに等しいような至近距離内に建つていた旧建物を取り毀ち右跡地に鉄骨鉄筋コンクリート造四階建の建築工事を施行するという内容のものであるからこのような環境のもとでかかる規模の工事を施行するにおいては、専門的知識がなくても右工事の注文者たる被告皆川としては右工事により周辺の土地に影響を及ぼし隣接の本件建物に損傷を生じさせ、本件建物で生活し、かつ営業を営む原告らに対し社会生活上受忍すべき限度を超える被害を及ぼす虞のあることは社会通念上容易に知り(この点につき被告皆川勇本人の供述によるも本件工事により近隣に影響を来す虞のあることは同被告において予測していたことが認められる)又は通常人としての注意を怠らなければ容易に知り得た筈であるから、被告皆川は本件工事の注文に際しては特に以上の点について請負人の注意を喚起し、近隣の建物の損傷防止等のため請負人が具体的にとろうとしている工事施行上の措置等につき請負人の説明を求め、請負人が具体的に本件工事施行について採ろうとしている措置が本件建物の損傷防止等に十分なものであることを確かめたうえで本件工事の注文をなすべき義務があり、或いはかかる受忍限度を超える被害の発生が予見されるときは事前に周辺の住人たる原告らとの間で金銭的補償その他適切な方法により事前解決の方途を講じておくべき注意義務があるといわなければならない。そして、このような相当高度の注意義務を建物建築注文者-とくに高層ビルについてはそうである-に課することは、かかる注文者が当該建築物の完成によりそれ相応の利益(あえて経済的のものに限定されない)を挙げることに鑑みれば、社会通念上からも相当というべきである。

そして本件においては成立に争いのない丙第一号証並に被告皆川勇本人(昭和四八年九月一八日付)の供述に徴しても建設工事請負契約書(第七条)において「施行のため第三者の生命、身体に危害を及ぼし、財産などに損害を与えたとき又は第三者との間に紛議を生じたとき請負人(被告曾我部)は処理解決に当る。但し注文者(被告皆川)の責に帰する事由によるときはこの限りでない」と定め、工事による第三者の損害について被告皆川は請負人(被告曾我部)との間で負担関係につき約定をなしたほか、工事現場近隣の工事施工による建物の損傷防止等については本件工事が近隣に影響あるべきことを予見していたのに拘らず上述したような注意義務を尽くしたと認めるに足る何らの挙措に出ず漫然請負人(被告曾我部)に工事を一任したにすぎないことが認められる。右認定に反する証拠はない(もつとも被告皆川勇、同曾我部幸雄各本人の供述によれば被告皆川は同曾我部に対し本件工事を注文するに際し近隣は商店街であるからできるだけ近所に迷惑をかけないように注意すべき旨を口頭で指示したことが認められるが、この程度の指示あるをもつては未だ前述のような注意義務を尽くしたことにはならないことは明らかである)。

右認定の事実によれば被告皆川は本件工事の注文について民法第七〇九条所定の過失があつたというべきであり(なお同法第七一六条但書の規定は第七〇九条の一般原則の注意規定にすぎないと解する)、同被告も同被告の注文による本件工事により原告らに加えた損害について賠償する責任があるというべきである(なお付言するに被告皆川が本件工事の請負契約に際し同曾我部との間で本件工事による第三者の損害賠償の負担について約定をなしたことは前記のとおりであるが、右約定は請負契約当事者以外の第三者たる原告らの本訴損害賠償債権に何らの影響をも及ぼすものではないことは多言を要しない)。

(二)1  そこで被告皆川の負担すべき賠償の範囲について検討する。原告は、本件工事により生じた全損害を賠償すべきであるというのに対し被告皆川は同被告が本件工事を注文したことと原告らの前記損害の発生との間には相当因果関係がない旨を主張するからこの点につき検討する。

2  建物建築工事の注文者は、工事請負人が専門業者として請負契約をその本旨に従つて履行することを前提として契約を締結しているから、請負人がその債務の本旨に従つて施行した建築工事により第三者に加えた損害については、注文者もこれを(故意または過失によつて)許容しているものであるから、注文者の過失と請負人の工事の実態による加害行為との間には相当な因果関係があるというべきであるが、他方請負人が工事の施行において債務の本旨に従つたと認められない態様の加害行為によつて与えた損害については注文者は(民法七一五条所定の要件を具備するときにはその責任を負うべきは格別)、その工事の施行態様を自ら指示した等格別の事情のないかぎりは、賠償の責任を負わないと解するのが相当である。けだし、注文者の請負契約において予期しないような、いわば請負人の恣意または不誠実な行為について、責任を負うべきいわれはないからである。

3  これを本件について検討するに、前記認定した事実においては、旧家屋の取毀工事の廃材搬出の際、原告金所有の本件建物の東側の壁に加えた衡撃事故および新ビルの基礎工事(コンクリート工事)の際下水道の土管にコンクリートが流れ込んで原告らの下水道を塞いだ事故などはその施行工事の態様からみて、請負人たる被告和田および被告曾我部において被告皆川との間の請負契約の本旨に従つた工事の施行態様であるということはできないからこの加害行為によつて生じた損害の分については注文者である被告皆川においてその責任を負うべきいわれのないことは前述のとおりであるが、その余の加害行為について、被告和田および被告曾我部において前記債務の本旨に従わなかつたものであるとは認められないから、この加害行為によつて生じた損害の分については、被告皆川においてその責任を負うべきである。

4  ところで被告和田および被告曾我部の加害行為の損害のうち被告皆川の賠償責任を負わない損害の額については本件全証拠によつてもこれを適確に認めることができないから、結局、加害行為の部位、範囲とを比較検討して当裁判所はその額を金五万円と認めるものである(なお、被告皆川が賠償責任を負わない部分の加害行為については営業上の損失および慰藉料の額について影響を与えるものとは認められないから、この部分の損害についてはこれをしんしやくしない)。

六、以上の次第であるから被告らは本件工事により原告らが被つた損害の賠償として、原告金福述に対しては被告曾我部、同和田においては各自金七五万円、被告皆川において金七〇万円およびこれに対する損害発生後であり且つ被告らに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年四月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、また原告諸千寿に対しては被告ら各自金二五万円およびこれに対する前同様の理由による昭和四五年四月一七日から支払ずみまで前同様の割合による遅延損害金を支払う義務があることは明らかであるから、原告らの不法行為に基づく本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容しその余の部分の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 喜田芳文 松村雅司)

(別紙)

目録一

1 登記簿上の表示

大阪市北区地下町二番地

家屋番号同町二番の二

一、木造スレート葺平家建店舗

床面積二五・六八平方メートル

2 現況

一、木造スレート葺三階建店舗兼居宅

床面積一階二五・六八平方メートル

二階同右

三階同右

目録二

1 大阪市北区地下町一番地

一、宅地 八六・七四平方メートル

2 大阪市北区地下町一番地

家屋番号同町第五三番

一、木造瓦葺二階建店舗

床面積一階五九・八〇平方メートル

二階一七・六五平方メートル

目録(1) (2) 〈省略〉

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